《ビジネス×サイエンス》 #02 位置と集団を見抜く[Business × Science] #02 Insight of position and group

=====================
《ビジネス×サイエンス》
#02 位置と集団を見抜く

<導入>
   ■ 1. 「位置と集団」のビジネスとサイエンス (このページ)
<ビジネス編>
   ■ 2. 顧客の地図を描く ~ 顧客クラスタの事例と解答
   ■ 3. 戦略を練るための「地図」思考 ~ 様々な事例と通底する理念
<サイエンス編>
   ■ 4. クラスタ生成の統計アルゴリズム ~ 階層的手法、k-means法
   ■ 5. クラスタを支える数理的概念 ~ 距離の定義、クラスタ数、FAQ
=====================

対象の位置関係を立体的に捕捉し、直感に突き刺さる「戦略の海図」を描く、企業戦略と意思決定に必須の技術。

特に、無理解で使われがちな「クラスタリング」の概念と統計技術を分かりやすく解説します。

少なくとも日本語でこの水準で文章化される例はほとんど見ない、経験に基づいた思考技術の知見の塊です。

 

<導入>
■ 1. 「位置と集団」のビジネスとサイエンス

航海の操舵は、いまや電子地図の上でGPSで制御される時代です。ですがそんな技術がなかった時代には、使用する海図の良し悪しによって、順風満帆の航海が出来ることもあれば、針路が逸れて大海原をさまよったり、あるいは暗礁に乗り上げて座礁したりすることもあったはずです。戦略的な海域の海図は重要な軍事機密でさえありました。

「ビジネス戦略」という言葉からは、コンサルタントが偉そうに指図する態度を想像される方も多いでしょうし、実際そのような人も多いことと思います。ですが、企業にせよ行政にせよ、その「航海」の成否は実は、「航路」の事細かな指定よりむしろ、的確な「海図」をもとに考えることにかかっているのではないかと思うのです。的確な「海図」を見れば、その事業に日夜情熱を燃やしている方であれば人から言われずとも、進むべき針路と次のアクションがたちどころに湧きあがってくるものだと思います。「航路」を指図するよりも、「海図」を描き出す職人技。それが企業インテリジェンスのスペシャリストとしてのプロの仕事には重要だと考えています。

(海図の例)

(出典: NOAA; http://en.wikipedia.org/wiki/File:US_NOAA_nautical_chart_of_Bering_Strait.png)

現実の海図は、上下が南北、左右が東西で、各点には水深の数値、と書き方が決まっています。一方、事業の「海図」には、何を基準に書き出すべしと定まった基準はありません。むしろ、どんな基準で描いた「海図」を用いるか、その出来不出来が戦略を、企業の命運を分けると言ってもいいでしょう。基準とすべき軸が多数ありすぎるために本質が見えづらいことのほうが多いですから、これはたやすいことではありません。

ビジネス上の「海図」を考える思考技術として重要なのは、一つは全体と部分を考える技術。市場全体はどのような規模か、その中のシェアはどう可視化されるか。もう一つは、位置と集団を考える技術。考える対象はどう分布していて、どんな集団を構成しているか。いずれも、多角的な視点と、単に事実を正確に表現しているだけでなく、直感的に戦略を描く地図になっているかが核心です。

このうちの前者は『全体と部分を見抜く』の回に取り上げ、この回では後者の「位置と集団を考える技術」をテーマとします。特に、その中でも重要な、多数の軸を束ねて互いに類似した集団を描き出す手法「クラスタリング(clustering)」に焦点を当てましょう。前回の初回記事で、「人類の分類」と「データベースに基づいた自社顧客の分類」の例をご覧いただいたものです。

ビジネスにおいて顧客市場など連続的に広がる対象の「位置関係」を考える際には、もちろん散布図に無数の点をプロットする手法も頻繁に使用します。ですが、意思決定を下す、戦略を立てる、と考えるときには、複雑な散布図よりむしろ、人間の戦略的思考に堪える直感的でシンプルな5-10個程度の集団に束ねる手法が、「海図」として非常に強力な道具となります。

 

<ビジネスの側面>

企業が必要とする戦略の「地図」は、まずなんといっても顧客・消費者をどう捉えるかです。誰に何の価値を提供し対価を受け取るか、それこそが企業活動の核心です。

多くの業界で、顧客・消費者の「地図」としてクラスタリングの技術を導入することで商品設計から広告宣伝施策までが劇的に書き換えられてきました。携帯電話のような製造業から、航空・鉄道のようなサービス業まで。戦略の方向性を明快に決定付けて売上の拡大にダイレクトにつながるクラスタリングの手法は、マーケティング戦略ではもはや欠かせない基本技術です。

同時に、その概念の無理解ゆえに、「失敗作」のクラスタに基づいてしまった戦略で、年売上数兆円の大企業も迷走し、めちゃくちゃな商品展開で丸一年を棒に振るケースも珍しくありません。道具は常に諸刃の剣です。統計やマーケティングの専門家だけでなく、経営層が意思決定の技術として理解していなければ企業自体が危うくなる時代なのです。

「顧客を切り分ける」発想の具体的な例を挙げましょう。

メディアやファッションの業界などでは、「F1層」「F2層」といった言葉が使われてきました。

(男女×年齢によるセグメンテーション)

画像が見えない場合はこちら

これに比べて、以下のような集団に分ける場合とで、どちらが有効なアクションを設計できるでしょうか。

(心理ベースのクラスタリング)

画像が見えない場合はこちら

これは、顧客心理(商品選択時についつい気にする要素)をベースにクラスタ(集団)を形成したものです。ここから導かれる戦略は例えば以下のように組み立てられます。
 ・コアターゲットを「A)上品・本物感重視層」に定め、ブランドイメージを確立する。そこからの伝播効果で取り込める「C)見栄・格好重視層」も準ターゲットとし、さらに「D)安心重視層」「E)評判・助言重視層」をフォロワーとして取り込んで売上を大きく伸ばす
 ・コアターゲットとする「A)上品・本物感重視層」には、テクスチャにこだわったな商品ラインナップ、クラフトマンシップを表現する広告で重点的に訴求
 ・テクスチャへのこだわりは「D)安心重視層」にも、クラフトマンシップは「E)評判・助言重視層」も取り込めるよう表現し、彼らにも届くようにコア・準ターゲットにソーシャルメディアでの発信をキャンペーンで促す
 ・既存顧客の中で「C)見栄・格好重視層」と判定された人には、特別扱いを演出する先行リリースイベントに招待。「E)評判・助言重視層」と判定された人には「今年の流行」を強調したDMを送付
 ・「F)ポイント重視層」「B)価格重視層」は利益が見込めないのでターゲットとしない。競合他社がこの層を取り込むよう誘導し、競争環境で優位に立つ

「F1層」「F2層」で市場を捉えていたら、こんな戦略を具体的に描き出すまでには何段階もの試行錯誤、場合によっては確立までに数年が必要でしょう。

あるいは、以下のような集団に分けることもできます。先の例が心理ベースだったのに対し、これは行動ベースで集団を形成したものです。行動ベースでの発想からは、心理ベースのクラスタともまた違う観点の戦略が立てられることが見て取れるでしょう。

(行動ベースのクラスタリング)

画像が見えない場合はこちら

心理ベースにせよ行動ベースにせよ、このようなクラスタリング技術を使った戦略的「海図」の切り替えによる売上の拡大は多くのケースで数%、時に数十%になります。マーケティング戦略や市場分析の専門家に依頼すれば数千万円から安ければ数百万円ですから、こういった手法が既に頻繁に用いられている数千億円~数兆円規模の事業はもちろんのこと、売上が数十億円程度以上の規模の事業であれば十分にペイする計算です。

 

<サイエンスの側面>

ビジネス戦略で強力な「海図」となるこの「クラスタリング」の背後にあるのは、実はとてもシンプルな手続きで構成される統計アルゴリズムです。代表的な手法は2つ。

一方は、ボトムアップでクラスタを構成する手法。

構成要素を表す「点」(例えば顧客ひとりひとり)が分布している中から、2点間の距離が最も近いペアを同じ集団とします。さらに、互いに距離が最も近い点同士から順にグルーピングしていく手続きをひたすら繰り返していくと、最終的に全体をいくつかの集団にまとめることが出来ます。この手法は、「階層的クラスタリング(Hierarchical clustering)」と呼ばれます。


画像が見えない場合はこちら

もう一方は、トップダウンでクラスタを構成する手法。

最初に、「仮決めのクラスタ中心点」を、クラスタの個数だけ、乱数を使ってランダムに振ります。そして、それぞれの「点」と「仮のクラスタ中心点」との距離を計算し《下図(1)》、各「点」を、そこから見て最も近い「クラスタ中心点」に仮に属するとします《下図(2)》。これで、第一回の「クラスタ中心点と、それに属する点の集合」(仮のクラスタ)ができました。


画像が見えない場合はこちら

次に、それぞれの「点の集合」(仮のクラスタ)から、その集合のちょうど真ん中の中心点を計算します《上図(3)》。これらの中心点を第二回の「仮のクラスタ中心点」として、また最初と同じように、各「点」を、そこから見て最も近い「仮のクラスタ中心点」に属するとします。この手順を数十回から数百回繰り返して、ついに何度繰り返してもほとんど同じ結果に収束すると、それを最終的なクラスタとします。この手法は、「k-meansクラスタリング」と呼ばれます。

これらの手法には長所と短所があり、それらの欠点を克服するための様々な工夫が考えられてきました。

さて、勘の良い方は既に気づかれたかもしれませんが、どのような手法を取るにせよ根本的な問題となるのは、「距離」をどう定めるか、です。

「距離」を定義するには、まずそもそもどんな「軸」を採用するか。次に、その「軸」をどのようなスケールに数値化するか。そこまで定まったとして、次には多数の軸から距離をどう定義するか。ビジネスで使う多くの場合は数十の軸を考えますから、「数十次元の空間」内での距離の定義、ということになります。

一番シンプルに考えられるのは2点間の直線距離でしょう。これは数学的には「ユークリッド距離 (Euclidean distance)」と呼ばれ、3次元で書けばr = sqrt{x^2 + y^2+z^2}と表せます。あるいは、r=|x|+|y|+|z|で表される「マンハッタン距離(Manhattan distance)」を使ってもよいかもしれません。

(ユークリッド距離)

画像が見えない場合はこちら

(マンハッタン距離)

画像が見えない場合はこちら

 

<小まとめ>

位置関係と集団を見抜いて「海図」を描き出す「クラスタリング」の技術は、ビジネス戦略の道具として非常に強力で、企業戦略全体を書き換える力を持っていることを見ていただきました。その強力さゆえに、うまく使いこなせれば大幅な売上拡大も可能ですが、表層的な理解だけで使いこなせないものに依存すると、企業存続すら危うくする失敗も招きかねません。

そして、「クラスタリング」の背景には、知的にもとても面白い統計と数学のエッセンスが詰まっていることの端緒も見ていただきました、「クラスタリング」で有効な「海図」を描き出すためには精巧な工夫が必要で、科学的手法に基づいた意思決定のためには、自分自身で全ての計算までは行わないにせよ、その仕組みを分かった上で使えるかが鍵だと言ってよいでしょう。

次ページ以降は、<ビジネス編>、<サイエンス編>の二部構成で進めます。

前半は<ビジネス編>として、詳しいビジネスケースを通して、戦略的な目的や行うべき意思決定に応じた手法の選択、具体的戦術に落とすための運用などを見ていきます。また、典型的な「顧客クラスタリング」に限らない、企業戦略のための様々な「地図」のバリエーションも取り上げます。その中で、表面的な技術の背後にある、「戦略」と「情報」が掛け合わされる思考のあるべき理念に迫ります。

後半は<サイエンス編>として、クラスタリングの統計手法の順を追った細かな解説、それぞれの一長一短とそれを回避するための経験知が詰まった技法の種明かし、さらに距離の定義の数学的な解説や計算技法を説明します。ここには、クラスタリングだけに限らない、「現象を数理的に理解する」ための発想のエッセンスがいくつも入っています。

前半後半はほぼ独立した構成です。前半後半を通して知的刺激のある内容を心掛けていますが、自分が関心があるのは数理的な技術のほうだ、という方は前半は飛ばして後半パートにお進みください。

 

次のページ:
<ビジネス編>
■ 2. 顧客の地図を描く ~ 顧客クラスタの事例と解答

=====================
《ビジネス×サイエンス》
#02 位置と集団を見抜く

<導入>
   ■ 1. 「位置と集団」のビジネスとサイエンス (このページ)
<ビジネス編>
   ■ 2. 顧客の地図を描く ~ 顧客クラスタの事例と解答
   ■ 3. 戦略を練るための「地図」思考 ~ 様々な事例と通底する理念
<サイエンス編>
   ■ 4. クラスタ生成の統計アルゴリズム ~ 階層的手法、k-means法
   ■ 5. クラスタを支える数理的概念 ~ 距離の定義、クラスタ数、FAQ
=====================