《ビジネス×サイエンス》 #03 因果関係を見抜く

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《ビジネス×サイエンス》
#03 因果関係を見抜く

   ■ 0. 「ビジネス×サイエンス」の背景 (このページ)
   ■ 1. <導入> 「データいじり」を乗り越える
   ■ 2. <ビジネス編(前)> ビジネスケーススタディ: データが結論を導くとき
   ■ 3. <ビジネス編(後)> ビジネス上のキーポイント: 原因と結果の落とし穴
   ■ 4. <サイエンス編(前)> 因果関係の定義: ホンモノとニセモノ
   ■ 5. <サイエンス編(後)> 定量的手法: 因果関係を数字で測る
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■0. 「ビジネス×サイエンス」の背景

今回のテーマは、「結果」からそれをもたらす「原因」をつきとめる思考技術。
その本題に入る前に、本稿「ビジネス×サイエンス」を書き始めた動機からお話ししましょう。

 

■0.1 「数理的戦略家」の必要性

・経営戦略に関わる人々に欠ける数理センス

まず少し身の上話から。筆者はもともと職業科学者の人生を念頭に、大学では素粒子の法則や宇宙の歴史を研究する理論物理学を専攻していました。黒板に数式を書き連ねて議論を重ね、宇宙の始まりの謎を解いてゆく世界。アインシュタインや湯川秀樹、スティーブン・ホーキングの系譜にある研究分野と言えばイメージしやすいでしょうか。その後、そういった科学的思考を最も人のために活かせる仕事は何だろうと考え始めました。そして、職業科学者としての人生設計を転換し、自然法則よりも人を相手にした仕事を手掛けようと考えたのでした。

大学を出て、外資系の戦略コンサルティングファームに進みました。戦略コンサル業界の仕組みはよく出来ていて、それ自体興味深いものです。まず、様々な業界や機能の課題を数ヶ月毎に取り扱うことで、ビジネスの世界に共通する構造を観察できること。そして、高い水準と多様性を持った人材を同僚とする楽しさやネットワーク。こういった職場としての魅力がまた高水準の人材を集め続けるというサイクルが築かれています。また、技術的な面でも、ビジネス目的に特化して割り切ったシンプルな整理術の思考法、情報構造の可視化を重視したプレゼンテーション法も、関連書籍を読むだけでは得られない体得の感覚が貴重なものだったと思います。

一方で同時に、自分が求めていたものとの違いも自分なりに分かってきました。実際の事業の創造や創り出された事業に敬意を持つ感覚が必ずしも共有されていないこと。リアルな価値を想像する上で欠かせない、高度な技術や業界特有の深い知見が必ずしも尊重されないこと。ジェネラリスト集団であるがゆえに、ICTやデザイン、数理・統計、心理学など経営技術革新の最前線とは距離があること。結局のところこれらの傾向は、営業マンに権限と利益が集中するために「腕」より「口」が上位に来てしまう業界構造に由来するのではないかと思います。

その中でも個人的に特に歯痒かったのは、もともと科学的思考を活かせる場だと期待して最初のキャリアにこの業界を選んだのに、その期待が必ずしも当たらなかったでした。四則演算を越える計算はもうお手上げの人も多く、基礎科学研究では当然のように使う手法ですんなり答えが見えてくるケースでも、その価値を理解するセンスを持った人がほとんどいないことに戸惑ったものでした。当時はまだビジネス経験も浅い身でしたから、世の中では最高峰のビジネス頭脳集団とされる場所でこうだということは、結局ビジネスの世界ではそれ以上の科学的思考技術はどこに行っても必要とされないということだろうか、と自分を納得させていました。

大手ファームを離れてその後、自分の科学的思考センスを信じて考え抜いて結論を組み立てる仕事を様々な業界で試みました。そうすると、自分の言葉できちんと丁寧に説明すると、クライアントは確かにその価値を理解して、こんなの他では見たことがないと喜んでもらえる、という感覚がつかめてきました。あるいは、大手戦略コンサル会社が手掛けたプロジェクトの結論に疑問を感じたクライアントから、見てほしいと相談を受けたことも。情報の取り扱い方や考え方の誤り、短絡を一つずつ指摘し、きちんと組み立てると全く異なる鮮やかな結論が導けることをお示しすると、とても驚かれました。そんな経験から、≪あれっ、大手ファームにいた頃は、科学的思考をビジネスで無理に使うのは無価値なのかと思っていたのに、感覚が違うじゃないか≫、と考え始めました。

コンサル業界には、「仮説思考」を曲解してか、こじつけた結論をさも説得力があるように語るのが天才的にうまい人も多いものです。ですが、こじつけはこじつけです。コンサルが去った後になって社内で他の例に適用してみると矛盾が現れ、理解に苦しむことになります。それに対して、科学的な思考を真摯に積み重ねて導いた結論は、一見した見た目はこじつけコンサルと何の違いもありませんが、何度使い回しても結果は原理的に一貫します。その段になって驚いてまた感謝の言葉をいただいたことも何度かありました。

≪どうやらこれこそが、自分が求めていた「科学的思考で人の役に立つことが出来るフィールド」になりそうだ、しかも他の人にはそうそう出来ないらしい≫、と感触をつかみ始めました。

 

・データいじり結果を並べるだけの調査会社、分析会社

マーケティング戦略や市場分析の仕事を中心に手掛けていると、市場調査会社やデータ分析会社、CRMシステムベンダーなど、データを扱うことを本業とする企業と一緒に仕事をしたり、あるいは間接的にアウトプットを目にする機会も増えました。≪そうか、戦略コンサル業界では誰も出来る人がいないと思っていたけど、本業でちゃんと提供している人たちがいるんだな≫、と考え始めました。

ですが、多くのケースを目にしていると、どうもそうでもないようでした。これらの企業の数理的な技術水準は本当にピンキリで、まともにデータの取り扱いさえ出来ない滅茶苦茶なケースも少なくありません。でもそれよりも、技術水準の高低以上に本質的に問題なのは、その大半が「データいじり」に終始することだと考えるようになりました。これらの企業から受け取ったレポートを見ると、とてもきれいにデザインされたグラフや数表が並んでいることが多く、一見した質はとても高い印象を受けます。ですが、中身をよく吟味すると、情報量は多いのに結論がどこにもない、ということが多々あります。まず「データ」と「統計手法」ありきで、知っている手法をとりあえず使っていじり尽くしました、という発想で作られたアウトプットばかり。知的好奇心をくすぐるちょっとした発見が時々たまたま出てくるだけで、戦略的観点では結局ほとんど使いものにならないのです。

大半のケースで決定的に欠けているのは、「目的」を認識すること、そして「俯瞰」の視点を持つこと、だと考えるようになりました。この2つは戦略を語る際には根幹の要素ですが、言葉に書く以上に実践は難しいものです。データ分析を本職にしている勉強熱心な人ほど、重箱の隅をつつく傾向になりがちで、「目的」と「俯瞰」という戦略の視点を併せ持っている人に出会えることは極めて稀です。

ですから、昨今の「ビッグデータ」や「データサイエンティスト」といった言葉の流行も、すぐに成功に結びつくようには思えないのです。現状で「ビッグデータ」に飛びついているのは、これまでも存在していた「データいじり業」の業界で、彼らが育成すると言っている「データサイエンティスト」も基本的に「データいじり専門職」の拡大再生産になるのではないでしょうか。比較の例え話をするならば、かつて先鋭的なプログラマーが先導して成立したIT産業はその後、「SE」と名付けられた大量の「システムいじり要員」が「人月」単位で仕事をこなす「システム土建業」と化し、ブラック企業、ブラック業界などと揶揄される始末です。「ビッグデータ」の流行もこのまま進めば、「データサイエンティスト」の呼称の下で大量の「データいじり要員」が「人月」単位で仕事をこなす「データ土建業」と化す・・・というシナリオもあながち外れていないのではないかと思います。

「数理的技術」と「戦略的視野」の両方の思考技術を高度に兼ね備えた、云わば「数理的戦略家」こそが本当に必要とされ、しかもその役割を果たし得る人材は極めて限られるのではないか――。そう考えるようになりました。

 

・希少な高度人材が価値創造ゼロの価値移転活動に使われる

また、最近の戦略コンサル大手各社の業容の変化にも違和感を感じています。

現在、大手戦略コンサル各社が手掛ける仕事は、マーケティング戦略などの売上拡大や中長期の戦略は減り、コスト削減などのオペレーション案件への偏りが進んでいるようです。簡単に言えば、「このマーケティング戦略を取れば100億円売上が増えます」と言われる場合と、「このコスト削減をすれば10億円コストが減ります」と言われる場合とでは、コスト削減のほうが確実ですから、フィーが数千万円から数億円になる大手戦略コンサル会社を雇う判断は容易だというわけです。

ご存じの通り、現在の戦略コンサル各社は、世界をリードできるポテンシャルを持った人材が集中している場所のひとつです。この希少な人材プールが、売上拡大ではなくコスト削減に集中して使われる状況には、違和感を感じてしまいます。「売上拡大」は、顧客の利益を今まで以上に満たすことで受け取る対価も増えることを意味しますから、価値創造のための活動そのものです。一方の「コスト削減」は、もちろん技術革新で新たな市場を生むプロセスイノベーションも稀にはありますが、単に受注側から発注側に利益を移すだけの場合など、その企業にとっては利益が増えても、社会全体で見た価値創造はゼロということも少なくありません。一時的な経営安定には寄与するにせよ、高度な人材に魅力的な環境を提供することでサイクルが成り立ってきた業界にとっては、この変化自体が危機につながりうるのではないかと思います。

「自分1人で社員10人分働けます」という高級派遣社員業は、頭の回転がただただ高速なジェネラリストを揃えれば成り立ちます。一方、世界をリードする価値を創造する働き方ができるようになるには、「社員100人でも代替出来ない仕事を自分はできます」であることが必要になってくるはずです。このジレンマを乗り越える専門性として現在、デザインやICTなどに特化したスペシャリスト集団が既にいくつも現れて注目を集め始めています。

製品開発やマーケティングなどの売上拡大側の企業戦略は、その商品・サービスと顧客の特性を感覚的に理解することが成否を分けるため、外注よりも内製のほうが優位と判断されることが多くなりました。「自分1人で社員10人分働けます」という高級派遣社員業は基本的に必要とされないのです。一方、マーケティングは顧客の心理を分析する科学でもあります。まさに本稿で書いている「ビジネス×サイエンス」の活躍の舞台なのです。

 

「ビジネス×サイエンス」を兼ね合わせることで初めて成り立つ「数理的戦略家」は、「データいじり土建業」でもなく、「1人で10人分働けます」高級派遣社員業でもなく、価値創造に貢献する新しい専門性として確立しうるのではないか、と考えるに至りました。

続いて、そんな「数理的戦略家」に必要な思考技術は何か、考えてみましょう

 

■0.2 「海図」と「羅針盤」の思考技術

・「数理的戦略家」として必要な思考技術

これまでも、個別の案件のクライアントの要望に応じて、講義のような形でお教えする機会を持ってきました。経営の意思決定に関わる方、マーケティングの実務に関わる方、顧客データの管理・分析システムに関わる方、などなど。

その中で、個別の具体的な手法を表面的にお伝えするのではなく、「そもそもどのような発想で考えているのか」という普段は言語化しない部分をお伝えするにはどうすればよいだろうか、と常々考えていました。相関係数の計算を伝えるだけなら、数式を書き出すか、Excelの関数を書けば済みます。でも、どんな場面でどんな思考技術を使うべきかという発想自体をお伝えしなければ、結局使えるものにはならないのです。

しかもそれは、自分自身でも半ば無意識の感覚で扱ってきたものでした。ですから、その無意識の感覚を言語化すること自体が、一筋縄ではいかないひとつの挑戦だと思っています。

大型書店に行けば、「統計の入門書」、「多変量解析の入門書」、「回帰分析の入門書」、「テキストマイニングの入門書」、「SPSSの使い方」といった本を多数見つけることが出来ます。本稿で書きたいのは、これらに類する統計手法の教科書ではありません。あくまで「道具」でしかないこれらの手法を片っ端から覚えるのではなく、それらをどんな時にどんな目的で使うか、という思考技術に通底する思想を自身で持たなければ、科学的手法を使って戦略を語ることが出来るとは思えないのです。

 

・全体観と目的観

昨今も「日本の成長戦略」など、「戦略」という言葉が濫用気味に使われます。もともと軍事用語である戦略(strategy)と戦術(tactics)は、戦略とは空間的にも時間的にも全体に渡る作戦を、戦術とは局所に関する作戦を意味する、と区別できます。例えば、「戦術ミサイル」とは局所的な戦いに使用するものを、「戦略ミサイル」とは世界大戦を決する使用目的のものを指し、設計思想は全く異なっています。

企業や国家に関して戦略という言葉を強調する意図も、まさにここにあります。以下の2つの標語を起点に考えてみましょう。

   一、 「部分ではなく全体を見よ」。

   二、 「手段ではなく目的を考えよ」。

文字で書くとシンプルですが、この思考が身体に染み付いて実践できている人は稀なものだと思います。企業活動で言えば例えば、新商品の立ち上げという「部分」を見るあまり、それが全社の売上にどう影響するかという「全体」を忘れるとき。経営会議で了解を得るという「手段」を考えるあまり、それによって成し遂げたかった「目的」を忘れるとき。抜群の頭の良さを誇る人でも、相談を受けた時にこの2点をシンプルに指摘すると、ハッとした表情を浮かべて、沈んでいた顔色が晴れやかになることがよくあります。

「戦略」という言葉を使うと、なにやら物騒で複雑な謀略を想像する方もいるかもしれません。ですがむしろ、大局観を備えた戦略思考であるための必要条件はこのシンプルな2条件、「全体観」=「俯瞰的に考えられること」、「目的観」=「目的を常に意識できること」、ではないでしょうか。

「数理的戦略家」に必要な思考技術も、この2つの原則に忠実に考えてみましょう。多変量解析がどうとか散布図がどうとかで始まる教科書とは根本的に異なる発想の起点を持つのです。

前回稿でも使った航海の例えを使えば、「全体観」を支えるのは「海図」の思考技術、「目的観」を支えるのは「羅針盤」の思考技術、と考えることもできます。まず「全体観」を常に失わないためには、今自分がどこにいて、全体はどれくらい広く、そのうち今自分の視界にあるのは全体の中でどの部分なのか、を見通せなければなりません。そのために必要なのが「海図」です。そして、「目的観」に常に忠実でいるためには、目指すべき方向がどこで、その方向を常に向いているためにはどの針路を取るべきか、を見通せなければなりません。そのために必要な思考技術を「羅針盤」に例えましょう。

 

・「海図」と「羅針盤」の思考技術

「全体観=海図」と「目的観=羅針盤」は、具体的にどのような要素で構成されるでしょうか。

「全体観」のための「海図」として、二つの構成要素を考えましょう。一つ目は基礎編、「全体と部分を見抜く」技術。全体を100とすると、今自分の視野にあるのはどの部分でどれだけの広がりなのかを直感的に把握します。二つ目は発展編、「位置と集合を見抜く」技術。対象の位置関係を明らかにし、戦略的な思考に堪えうるシンプルな地図を浮かび上がらせます。

「目的観」のための「羅針盤」として、同様に二つの構成要素を考えましょう。一つ目は基礎編、「原因と結果を見抜く」技術。「目的」を結果として得る原因となる因子を把握して、取るべきアクションを指し示します。二つ目は発展編、「最適な状態を見抜く」技術。過去と現在の「原因」から、未来の「結果」を予測し、それが最適になるために現在をどう調整すればよいかを導きます。

樹形図で書き出せば以下の通りです。

A. 「海図」の思考技術
 - A1. 全体と部分を見抜く技術
 - A2. 位置と集合を見抜く技術
B. 「羅針盤」の思考技術
 - B1. 原因と結果を見抜く技術
 - B2. 最適な状態を見抜く技術

本稿の全体プランはこの構造を念頭に構成し、まず前回稿では「A2. 位置と集合を見抜く技術」を詳しく取り上げた、というわけです。続いて今回は、数理的思考技術の本丸である「因果関係」にまつわる、「B1. 原因と結果を見抜く技術」を取り上げます。

(筆者自身が考えを整理しながら書き進めていますので、初回稿からの用語の変化などご容赦下さい。改訂時に修正します。また、B2の回は「予測」と「最適化」の2要素を1章にまとめるか2章に分けるかを考えています。)

 

では、早速、今回のテーマ、「原因と結果」の世界に進みましょう。

>>1. <導入> 「データいじり」を乗り越える

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《ビジネス×サイエンス》
#03 因果関係を見抜く

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   ■ 3. <ビジネス編(後)> ビジネス上のキーポイント: 原因と結果の落とし穴
   ■ 4. <サイエンス編(前)> 因果関係の定義: ホンモノとニセモノ
   ■ 5. <サイエンス編(後)> 定量的手法: 因果関係を数字で測る
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