#03 因果関係を見抜く / 2. ビジネスケーススタディ: データが結論を導くとき

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《ビジネス×サイエンス》
#03 因果関係を見抜く

   ■ 0. 「ビジネス×サイエンス」の背景
   ■ 1. <導入> 「データいじり」を乗り越える
   ■ 2. <ビジネス編(前)> ビジネスケーススタディ: データが結論を導くとき (このページ)
   ■ 3. <ビジネス編(後)> ビジネス上のキーポイント: 原因と結果の落とし穴
   ■ 4. <サイエンス編(前)> 因果関係の定義: ホンモノとニセモノ
   ■ 5. <サイエンス編(後)> 定量的手法: 因果関係を数字で測る
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■2. <ビジネス編(前)> ビジネスケーススタディ: データが結論を導くとき

情報が、「ふーん、なるほど」で終わらず、「次のアクション」を指し示す力を持つ。そのために「原因と結果」があらわになる形は、一通りではありません。

様々な相談を受けていると、早速使えるように定型のパターンを教えてくれ、と言われることのほうが多いものです。ですが、「学ぶとすぐに使えるようになることは、すぐに使えなくもなる」という言葉もあります。結局は、手法を覚えるよりも根底にある思考感覚を身につけることこそが本当の近道なのではないかと思います。

では早速、状況も目的も異なるいくつかの事例を見ながら、通底する感覚とは何かを探してみましょう。

(以下では、業界設定を変えるなど、実際のケースから一部改変してあります)

 

■2.1 様々なケース

ケース2:広告宣伝

旅行業のB社。観光シーズンに合わせて新規開設された航空路線を使い、旅行商品をいっせいに発売しました。

あらゆる宣伝手段を使って広告を打ち、予約も順調に集まってきました。使った宣伝手段は、ウェブ広告、販売代理店への報奨金など購入のステップを狙うものもあれば、テレビCM、交通広告など、認知のステップを狙うものもあります。投資に見合った効果があったのはどれなのかを検証したいところですが、購入につながった件数をカウントできるものばかりではありません。

相談を受けて検証プロセスを設計し実施した結果は、以下の形。

図:集計結果

さらに詳しく分析を進めて、チャネルごとの広告宣伝効果を数値化する分析を組み立てました。

図:検証分析結果

TVCMや雑誌などの伝統的なチャネルは、GRP(Gross Rating Point)や出版部数などのリーチ数で測られますが、リーチした人が一律に購入につながるわけではありません。近年拡大しているウェブ広告ではCTR(Click Through Rate)や購入数まで計測できるのが強みですが、リーチできる人の偏りが欠点です。

上記の分析により、「リーチできた人数」に、「リーチした人がリーチしなかった人よりも購入した倍率」の掛け算で、収入への貢献を全て数値化できます。それぞれのチャネルにかかったコストと対比すれば、投資に見合っていたかどうかの判断は歴然です。もちろん、今回の購入自体には結びつかなくても、ブランド認知の向上による長期的な効果はありますから、この比が1.0を少し下回った水準までは許容できますが、1.0を大きく下回った手段は不適と判断すべきです。

この結果、チャネルごとに投資効果の有無を明確に判断できたことで、伝統的に使ってきたチャネルを思い切って取りやめる決断もでき、次のサイクルからの宣伝広告の効率の大幅な改善につながりました。

 

ケース3:会員制度

コンテンツ配信サービスを提供するC社。数百万人の有料会員を抱えてきましたが、市場が飽和して新規会員獲得が難しくなる中、既存会員の退会率の高さが課題となってきました。

退会時には、「退会される理由を以下の中からお選びください。」と質問してきました。その結果は以下のようになっていました。

図:退会理由

この結果を見ると、価格を下げることが急務のようです。ですが、月額使用料は他社と比べて高いわけではなく、本当にそれが正しいアクションとはどううも納得できません。では、コンテンツの拡充のためのIP取得に投資すればよいでしょうか。

相談を受けて、退会時の質問を以下のように変更しました。また、Q1の質問は、退会していないアクティブ会員に対しても実施しました。

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Q1. 当サービスにどのくらい満足でしたか。以下の項目ごとにお答えください。
  1. 使いたいコンテンツの多さ
  2. 使い方の分かりやすさ
  3. 価格の安さ
  4. 価格設定への安心感
  5. 友人と共通の話題になること
 ・・・

Q2. 他社のサービスを代わりにご利用になっている方は、その他社サービスについても同様にお答えください。
 ・・・
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図:アクティブ会員と退会者の自社への評価の比較

価格の評価は低いですが、アクティブ会員も同様ですから、価格に対する不満は退会にはつながっていないと考えられます。一方、使い方の分かりやすさ、友人と共通の話題になること、は、退会者のほうが評価が低く、これらが退会の原因となっていることが考えられました。これらの原因は、他社サービスの評価との差にも表れています。

図:退会者の、自社と他社の評価の違い

もとの退会質問の集計を鵜呑みにしていると、コンテンツを増やすこと、価格を抑えること、に全力を傾けるところですが、この新しい結果に基づけば、UIを改善すること、価格体系を改善すること、が最優先課題に差し替わり、コンテンツも価格水準も据え置きで良いという判断になります。本質を見抜けないデータに頼っていると、このように判断が全く逆になることさえあるのです。

これと同様の分析設計は、人事管理部門が退職者が他社に移ってしまう理由を探るのにも全く同じように適用することが出来ます。

 

ケース4:製品開発

家電メーカーD社のテレビ事業部。次のプロダクトサイクルで発売する新機種で、低下気味の市場シェアを挽回するのが至上命題です。「どんなテレビが欲しいか(機能、デザイン、サイズ)」という市場調査は繰り返し行い、顧客の声は重視してきたつもりですが、競合他社にシェアを侵食され続けています。

相談を受けて、消費者が結局選んでしまう商品はどのようなものかを探る分析を設計しました。

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直近1ヶ月間にテレビを購入した人3,000人をランダム抽出してウェブアンケート

Q1. あなたが直近にテレビを購入した際、以下に当てはまる機種を下の機種一覧から全てお選びください。
  1. 最終的に購入した機種
  2. 店頭で購入候補に考えた機種
  3. 購入候補には考えなかった、店頭で見たと覚えている機種

(各メーカーの主要機種の写真・型番を提示)

Q2. 前問でお答えになった機種○○は、以下に当てはまると思いますか。
  1. 画質が良い
  2. テレビ視聴に関する機能が充実している
  3. 録画に関する機能が充実している
  4. インターネット接続機能が充実している
  5.デザインが良い
  6. 使い方が分かりやすい
  7. メーカーが信頼できる
  8. 故障対応やヘルプデスクが充実している
  ・・・
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図:集計グラフ

消費者にアンケートで「どんなテレビが欲しいですか?」と聞くと、「画質の良さ」や「充実した機能」がもっと重視される結果になることが多いものです。テレビと聞くと、きれいな映像が見えたほうがいいに違いない、と多くの人は考えるわけです。一方、実際に購入する段になって機種を見比べてみると、画質の違いはイマイチ分からない。それより、「このデザインだったら我が家の趣味にあってるかも」、「この機種は機能が複雑すぎてちょっとなぁ・・・」といったことが、意識しているにせよ無意識にせよ、最終的に「よし、迷ったけどこれにしよう」と決めるときには影響してきます。その本当の選択要因は、実際の購買行動という結果を変えている要因は何なのかを探ることで見えてくるのです。

典型的なメーカーの製品開発で重視されるのは「画質の良さ」で、解像度の向上、画像処理エンジンの改良に長年大きな力が割かれています。「4K」や「8K」という解像度を飛躍的に向上させた機種が次世代のテレビだとも考えられています。上記のように、単純なアンケートを取った結果を信じると、この業界の傾向は正しいと考える結果になります。これが必ずしも的を得ていないことは、単純なアンケートやインタビューで顧客の声を聞いているんだと満足している限りは気づくことができません。

この検証結果を受けて、新製品の開発方針は大きく転換することになりました。スペック重視を改め、デザインとUIそれぞれの専門家集団を社内外から集めた部署を設立しました。また、追加でウェブアンケートとインタビューを行い、同じニーズを持った顧客グループごとのニーズの違い、生活パターンや家族構成、住居の形状によるニーズの違いなどを浮かび上がらせました。一連の転換を経て、競合に倍の差をつけられていた市場シェアは減少基調から反転し、数年で逆転が見えてくるまでになりました。

 

ケース5:販売促進

通販型小売のE社。取り扱い商品の幅広さを売りにしてきましたが、ずっと右肩上がりだった一人あたりの購入高が頭打ちになってきました。

どのような販売促進策を行えば、先食いの一時しのぎではなく、中長期の売上拡大に寄与するでしょうか。社内では、「同じカテゴリの商品でいいから何度も買ってもらうべきだ」と考える人と、「様々なカテゴリの商品を買ってもらってその人の家計支出を幅広く取り込むべきだ」と考える人との2派に分かれて議論がまとまらず、次のアクションが決まりません。確かに、1,2カテゴリの商品にしか手を出さない客が多い一方、10カテゴリ全てに手を出している客もいます。

相談を受けて、販売履歴データベースを加工し、以下の集計表を作りました。縦軸は前年の購入回数、横軸は前年の購入カテゴリ数で、それぞれに当てはまる客の前年比での今年の売上金額の増減を集計してあります。売上が前年比マイナスのセルは青、プラスのセルは赤で色付けしました。

図:前年比の売上増減、購買回数×購入カテゴリ

これを見ると、縦方向にはきれいなグラデーションが見て取れます。横方向はほとんどグラデーションは存在しないようです。つまり、複雑な計算はせずとも一見するだけで明らかに、「何度も買ってもらう」派の勝ち、「多くのカテゴリを買ってもらう」派の負けだったのです。

数字で見るまでは、「多くのカテゴリを買ってもらう」派の論拠に説得力がありました。その人がまだ買っていないカテゴリの商品をお勧めすることで、未経験のカテゴリの商品購入を体験してもらう、というコンセプトのキャンペーンを計画していましたが、潔く方針を転換することになりました。その人が買い慣れたカテゴリのお勧め商品の情報を届けるキャンペーンに差し替わりました。

1枚の絵を見てみんなでにらめっこしただけで、進む方向性を転換できたのです。

 

■2.2 小まとめ

これらの事例に共通するのは、「結果」をもたらしている「原因」は何なのか、を調べようとしていることです。

ケース1(前ページ;顧客コミュニケーション):
 ・「結果」=メールに不快感を感じること
 ・「原因」=メールの受け取り頻度
ケース2(広告宣伝):
 ・「結果」=商品を購入すること
 ・「原因」=広告を目にしたこと
ケース3(会員制度):
 ・「結果」=退会すること
 ・「原因」=サービスへの評価
ケース4(製品開発):
 ・「結果」=商品を購入すること
 ・「原因」=商品の特性への評価
ケース5(販売促進):
 ・「結果」=翌年度の購入回数
 ・「原因」=購入回数の多さor購入カテゴリの多さ

それぞれのケースで、アウトプットの見た目は必ずしも同じではありませんでした。使ったデータの形、そのデータの取り扱い方、グラフや表への書き表し方など、各ケースで同じテンプレートのようなものを使っているわけではありません。ほとんどの例では、統計学を持ち出すまでもない簡単な計算しか使っていません。

ただ、基本的な構造は共通しています。「結果」を満たすもの・満たさないもの、「原因」を満たすもの・満たさないもの、の2×2の情報を集め、「原因」を満たすものほど「結果」を満たしている、と言えるかどうかを判定しています。

「結果」あり 「結果」なし
「原因」あり ○○ ○○
「原因」なし ○○ ○○

どのケースでも、この単純な仕組みで、「結果」が目指す状態になるためには「原因」をどうするべきか、を読み取ろうとしています。これはまさに、「結果=目的」を達成するための「原因=手段」を特定することであり、企業活動の「羅針盤」の最も基本的な部品なのです。

 

冒頭に掲げた2つの標語、
   一、 「部分ではなく全体を見よ」。
   二、 「手段ではなく目的を考えよ」。
に立ち返ってみましょう。ここで注目するのは後者です。

データを分析すること、顧客や自社・競合他社について知ることは、それ自体は手段であって、目的ではありません。「目的」をまず意識し、それを達成するには何をするべきか、をデータを使って探る。シンプルにそれを一途に考え続けること、それだけで「データいじり」とは一線が画されるはずです。

もともとはバラバラのガラクタでしかない情報から、戦略的指針を指し示す示唆を導くのは、当てずっぽうのデータいじりでは自ずと限界があるものです。かと言って、高等な数学の知識がなければ本質的な価値を生むことができないとは決して思いません。得てして必要なのは本質をとてもシンプルに突いた思考なのです。

 

とても興味深いのは、因果関係を探るこのような手法を取ることによって、数理的手法によって顧客心理の機微に近づくことができる、ということです。よく、「論理と感情は相いれない」と言われることがあります。ですが、実際には全く逆で、論理や数理をきちんと使うことによってこそ、感情や、あるいは本人が認識さえしていない無意識の心理さえも浮かび上がらせることができるのです。

あらゆるビジネス活動の核心は、顧客の役に立つよう、より満足できる状況を商品やサービスで作り出して提供し、その対価を受け取る、という構造です。物質的、機能的なニーズの多くが既に満たされている現代では、精神的、感情的なニーズを満たすことの重要性が高まる一方です。何をすれば顧客の役に立つのかを理解するためには「感情」や「無意識」の把握が不可欠であり、本稿の《ビジネス×サイエンス》の文脈でもこれは重要な主題となるものです。

「原因と結果」という思考の道具の真価は、その事業の目的と手段、さらにはその事業の顧客の深層心理まで、深い洞察を進められることにこそあるのです。

次のページでは、「原因と結果」を巡る落とし穴について考えながら、この洞察の深みにさらに考えを進めます。

>>3. <ビジネス編(後)> ビジネス上のキーポイント: 原因と結果の落とし穴

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#03 因果関係を見抜く

   ■ 0. 「ビジネス×サイエンス」の背景
   ■ 1. <導入> 「データいじり」を乗り越える
   ■ 2. <ビジネス編(前)> ビジネスケーススタディ: データが結論を導くとき (このページ)
   ■ 3. <ビジネス編(後)> ビジネス上のキーポイント: 原因と結果の落とし穴
   ■ 4. <サイエンス編(前)> 因果関係の定義: ホンモノとニセモノ
   ■ 5. <サイエンス編(後)> 定量的手法: 因果関係を数字で測る
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