#01 ビジネスと科学的手法 / 2. 企業戦略を支える科学の目 ~ケース解答~#01 Business and scientific methodologies (2/5)

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《ビジネス×サイエンス》
#01 ビジネスと科学的手法

(目次)
■ 1. 企業戦略と情報 ~ビジネスケース~
■ 2. 企業戦略を支える科学の目 ~ケース解答~
■ 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~
■ 4. 科学の基礎、ビジネスの基礎 ~失敗事例~
■ 5. 社会にもたらす価値 ~未来の展望~
■ 6. (次回以降の予定内容)
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■ 2. 企業戦略を支える科学の目 ~ケース解答~

情報技術が広く浸透した現在、「ビッグデータ」という言葉が流行しているように、情報の「量」が足りなくて困る、ということは少なくなっています。その代わりに企業戦略の命運を決定付けるのは、大量に集まる「情報の断片」をもとに、それをいかに高次に昇華させて目的を満たす結論を得ることが出来るか、だと言えるでしょう。

A社の<ケース1>は、自社でしか手に入れられない情報という優位性をいかに活かすかを考える状況設定でした。そういった独占的な情報が手に入らない場合、あるいは、自社顧客だけでなく他社顧客も含めた市場全体で検証したい場合には、B社の<ケース2>のようなオープンな手法が代わりの選択肢になります。世の中に情報があふれ、情報を入手する手段も多様化しているからこそ、戦略的な目的や状況に応じて使うべき情報を見極め、そこから「情報をどう扱い何を導くか」が勝負を分ける環境です。

「情報の断片」をもとにそれを昇華させて結論を生む技術は、客観的であること、数字で示せること、が鍵と言えるでしょう。そういった客観的で数理的な検証に関して、自然科学が培ってきた知見の蓄積は、ビジネスの場で使われてきた手法と比べても圧倒的な水準の違いを持っていると考えています。では、自然科学での具体的な事例を考える前に、まずはA社、B社のケースで、情報の断片から結論を導く解答を考えてみましょう。

 

<ケース1 既存顧客を捉える>

200万人の会員それぞれに合ったサービスを提供すること。そのためには、AmazonやGoogleが行っているような自動化したパーソナルレコメンデーションを行うのも一つの解です。ですが、ミクロな最適解を追求する前にまず大局をにらんだマクロな指針として、自社顧客にはどのようなタイプの人がどれくらいずついるかを俯瞰的に把握し、それぞれのタイプの人のニーズに合ったサービスが提供できる体制を整えることが先決だと考えるべきでしょう。

販売履歴データは、適切な加工をすることで、顧客のタイプ分けをする情報の宝庫に変えられます。「来店頻度」、「来店時に購入に至る割合」、「購入単価」、「利用の多いファッションのジャンル」、「お気に入り店員の有無」、「まとめ買い度合い」、「セール期間への集中度合い」、「セール期間と通常期間の購入商品の違い」、・・・。顧客一人一人の購買行動の特徴を多弁に語るこれらの因子を計算し、それぞれの因子のバランスを取るための数学的な処理を適切に施した上で、統計的手法を用いて互いに類似した人同士を集めたクラスタを作成できます。

(統計的に作成した顧客クラスタ)

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A社ではこれまで「メインターゲットは郊外から通勤して駅前のオフィスで働いている20代30代女性」と考えてきました。ですが、出来上がった顧客クラスタを見て考えてみると、今まで一体として捉えていた顧客が実は明瞭な特徴がある顧客像に分かれることが、それぞれの規模感も含めて見えてきました。こうなるともう、これらのクラスタをいっしょくたに扱っていた時代が信じられない感覚になります。

A社ではこのあと、会員向けに1000人規模の顧客アンケートを実施し、「世代・性別」、「家族構成」、「職場環境」、「よく見るテレビ番組」、「よく読む雑誌」、「使っているSNS」、「B社店舗で楽しみにしていること」、「B社店舗で不満に感じたこと」、の情報を集めました。クラスタ別にこれらの情報を集計することで、それぞれの人々の生活スタイルやニーズが浮かび上がり、社内の様々な部署でこの結果を生かしたプランニングが先を争って始まりました。会員に送っているメルマガ・DMについても見直しが始まりました。クラスタ別に訴求すべき点が明確になり、コンテンツをクラスタ別に差し替えることも容易になりました。

クラスタの視点が定着すると、次に、「いつも二ヶ月に一回来店する人や、毎年決まった時期に来店する人が結構いる。そんなお客様には一律にメルマガを送るより、ちょうどそろそろ来店という時期にお知らせできないか」という意見が出始めました。そこで、データベースを使って、そういった人がどれくらいいるかを調べてみることに。

(周期的来店者の分析結果)

(※判定基準は適切に閾値を設定)
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スタッフの感覚的な意見が数字で裏付けられました。この結果のうち、「毎年同じタイミングで来店」パターンの会員には、月に一回、《今月そろそろ来店する人》を抽出してメールを送付するのはシステムで自動化しなくても手作業で可能なので、早速来月から送れるようコンテンツ制作が始まりました。「毎回同じ間隔で来店」パターンの会員は一人一人タイミングが異なって自動配信が必要となるので、次回のシステム更新に盛り込むこととなりました。

 

<ケース2 売れる売り場を作る>

このB社での検討の核心は、「どんな売り場なら売れるのか」。それ以外は傍論だと言っていいでしょう。

「どんな売り場なら売れるのか」はつまり、「消費者が買う/買わない」という「結果」と、それを促進する「原因」候補との間の因果関係を検証することを意味します。回答者がメーカー各社の製品の売り場について答えたデータから、「売り場が原因候補の因子Xに当てはまる」と、「その売り場で買った/買わなかった」の相関関係が、それぞれの「因子X」で高い、低い、と計算できます。ただし、メーカーが奨励金を払っているなどして割引されている、販売員が優先して勧めている、などの製品は当然より売れるようになりますが、これは今回本題とはしたくない効果なので、交絡因子として取り除く統計処理を行います。

(各状況での購買率)

(※各メーカーの合計。交絡因子は層化処理)
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この結果から、まず一次的な結果として、総じて重要度の高い因子は「場所」であることが分かってきました。ですが、「場所」の重要度が高いことはもともと分かっています。また、店舗内の「一等地」に展示できる商品数は限られていますから、「場所」の重要度が高いと分かっても工夫のしようがありません。

「どんな売り場なら売れるのか」は、状況によっては同じではないはずですから、状況による違いに目をつけましょう。例えば、「指名」=「来店前からその商品を買うつもりだった」場合と「非指名」=「来店前にはその商品は候補に入っていなかった」場合とで、消費者に選択を促す因子は異なります。これを分析してみると、

(指名/非指名の場合の各状況での購買率)

(※各メーカーの合計。交絡因子によるずれを補正)
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この結果に加えて、行動プロセスごとにも分析し、「店頭で候補の一つに入れられる」、「最終的に購入する一つに残される」ごとに有効な状況因子でも比較分析を行いました。これらの結果から、「指名」の場合、その指名が成就されるには「最終的に購入する一つに残される」ことに力を発揮する因子「詳しい解説」「自由な試用」が重要だと分かりました。これは、その商品を買おうという気持ちを後押しするには、その商品が自分にとってベストだという納得感を与えることが重要だと考えられました。また、「非指名」の場合、逆転するには「購入候補の一つに入れる」ことに力を発揮する因子である「目立つ場所」、ついで「ポップが目立つ」が重要、と分かりました。まず目にとまることが大切だということですが、場所が限られる一等地を使うのは難しくても、ポップでも同等に近い効果があることが新しい発見でした。

この結果から、口コミで話題になって情報番組などで取り上げられた商品は、「指名」の初志貫徹に適した「詳しい解説」と「自由な試用」を軸に売り場を構成することになりました。また、いい製品なのに知名度が上がらないという場合は、「逆転指名」に適した「目立つポップ」を軸に、目にとまりやすいのぼりや立体的な広告を工夫することになりました。これによって、小売店のA社製品コーナーを構成する明快な指針が得られました。

さらに具体化するために、他の細分化の軸にも検討が進みました。事前に広告や口コミで印象に残っていた場合と、そうでない場合。広大な大型店の場合と、こじんまりした小型店の場合。炊飯器などの調理家電の場合と、ドライヤーなどの美容家電の場合。若い世代と高齢世代とでも違いがあります。これらによって、小売各社が抱える店舗の規模や客層に応じて、最適な売り場構成の提案を変えていくことができました。また、A社製品で特に有効な因子と、他社製品で有効な因子の違いを見出して、「他社製品と違ってA社製品はこうすれば売れるんですよ」と小売各社に説明、A社製品の取扱いの優先度自体の向上をはかりました。

 

<小まとめ>

上記の事例のいくつかは、マーケティングでは定番の手法として使われているものもあり、いまどき特に珍しくないと思われた方もいらっしゃるかもしれません。ですが、いずれも、表面的な手法を知って形式的に適用するのと、根底にある科学的・数理的な基礎概念を理解した上で用いるのとでは大きな差があると考えています。これらの思考技術は、普遍的な概念を背景に持った汎用的なものであり、ありとあらゆる分野で力を発揮するはずです。逆に、定型的な説明を聞きかじっただけで科学的な基礎理解に欠けた「エセ専門家」が作った分析は、表面的には同じように見えて、中身はめちゃくちゃなデタラメになっていることがしばしばです。
(これらの失敗事例はページ4で具体的に取り上げます)

ビジネスで力を発揮する科学的手法としての「情報を扱う技術」、その主要な要素として5つを挙げましょう。

  • 1. 類似関係を見抜く技術
  • 2. 因果関係を見抜く技術
  • 3. 全体と部分を見抜く技術
  • 4. 過去と未来を見抜く技術
  • 5. 最適解を見抜く技術

ここに挙げた例は、<ケース1>は「1. 類似関係を見抜く技術」、<ケース2>は「2. 因果関係を見抜く技術」をそれぞれ主題としたものです。

「1. 類似関係を見抜く技術」がビジネスで有効なのは、第一には多数の消費者を分類する場合です。今回の例のようにデータベース情報をもとに行動パターンで分類する他に、大規模アンケートを行うことで感情・心理のパターンで分類することもできます。そして、消費者の分類以外でも、メーカーや小売業で「取扱い商品(SKU)を分類」、飲食や小売で「店舗を立地別に分類」、興業で「イベントを分類」、B2Bで「営業先を分類」、組織人事のために「従業員を分類」、などなど、様々な適用が広がります。戦略思考のためには、連続的に分布する無数の要素を、人間の思考に堪える5-10個の集団に分ける手法は非常に有効です。

「2. 因果関係を見抜く技術」がビジネスで有効なのは、第一には「売上」という最も重要な「結果」をもたらす因子を導く場合です。今回の例では「販売チャネル」における因子を考えましたが、それ以外にも、「製品の仕様」の選択、「広告チャネル」の選択、「ブランドイメージ」の選択、「価格や割引」の選択など、売上を決める様々な要素が検証対象になり得ます。また、今回の例では「来店してから購入に至る」という「結果」をもたらす因子を考えましたが、「友人に勧める」因子、「自分用に買う/ギフト用に買う」それぞれの因子、また逆に「リピート購入をやめてしまう」因子など、多角的に見ることで売上拡大のための立体的な戦略が浮かび上がります。

ここで取り上げた、科学的に「情報を扱う技術」はいくつもの魅力を持っています。

まず一つ目に、とても強力。それまで気づかなかった重要な視点を提示すること。勘に頼ってなんとなく考えていたことを明確に裏付けること。それらを通して、大海原の航海を支える「海図」を描き出します。「科学の目」の数理的な基礎がそれを支えています。

二つ目に、「科学の目」の偏りないフェアな精神は、偽りの権威を打ち砕きます。「○○専務の話」「有名な○○教授の話」も、客観的な数値は否定できません。ポリティクスではなく科学的インテリジェンスが持つフラットな強さ。

そして三つ目に、知的な刺激に溢れています。思考技術を駆使することで、見えていなかった真実が立ち現れる。知的好奇心の刺激は、さらに深い思考を促して正しい選択をたぐり寄せます。相手の興味を喚起して納得してもらう強力な武器でもあります。

 

続いて次ページでは、これらビジネス事例と同様の思考技術を使う科学研究の事例を取り上げます。

>> 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~

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《ビジネス×サイエンス》
#01 ビジネスと科学的手法

(目次)
■ 1. 企業戦略と情報 ~ビジネスケース~
■ 2. 企業戦略を支える科学の目 ~ケース解答~
■ 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~
■ 4. 科学の基礎、ビジネスの基礎 ~失敗事例~
■ 5. 社会にもたらす価値 ~未来の展望~
■ 6. (次回以降の予定内容)
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