#01 ビジネスと科学的手法 / 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~#01 Business and scientific methodologies (3/5)

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《ビジネス×サイエンス》
#01 ビジネスと科学的手法

(目次)
■ 1. 企業戦略と情報 ~ビジネスケース~
■ 2. 企業戦略を支える科学の目 ~ケース解答~
■ 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~
■ 4. 科学の基礎、ビジネスの基礎 ~失敗事例~
■ 5. 社会にもたらす価値 ~未来の展望~
■ 6. (次回以降の予定内容)
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■ 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~

「情報を扱う技術」として、以下の5つを挙げました。

  • 1. 類似関係を見抜く技術
  • 2. 因果関係を見抜く技術
  • 3. 全体と部分を見抜く技術
  • 4. 過去と未来を見抜く技術
  • 5. 最適解を見抜く技術

ビジネスで重要となる主題には、相似形と言える主題が自然科学の研究課題にも見出せます。数理的な手法の浸透が未だに限られるビジネスの場と比べ、科学研究で使われている技法は、既に洗練の度合いに大差がついていることがしばしばです。市場調査会社やコンサルティング会社が「科学的」と銘打っている手法も、科学研究で使われる水準と比較するとおもちゃ同然と言いたくなるケースも少なくありません。もちろん、判断スピードや納得感も結果を左右するビジネスの場では、純粋科学と全く同じ方法を使うのが最適では必ずしもありませんが、それでも学ぶべき内容が多々あるものです。

 

<事例1 人類を分類する>

「1. 類似関係を見抜く技術」の代表例として、先の<ケース1>では自社会員をクラスタに分ける手法に触れました。

自然界にも、連続的に分布するサンプルをグループ分けしてその特性を理解することは幅広く必要とされます。動物や植物を界・門・綱・目・科・属・種と整理したり、化学物質を分類したり、岩石や鉱物を分類したり、恒星や星雲を分類したり。その中でも、最も私たちに身近な「人類」を分類する試みをご紹介しましょう。

人類の分類と言えば、白色人種、黒色人種、黄色人種、という分け方をまず思いつく方が多いでしょう。ですが、この分け方はヨーロッパ文明の歴史と不可分とも言えます。では客観的に人類を分けると、どのようなグループに分かれるのでしょうか。肌の色以外にも、国籍、宗教、言語体系、身体的特徴、家族制度など、様々な観点がありますが、最も客観性が高いのは、遺伝子を調べることでしょう。遺伝子の類似性から人類を分類する研究はいくつもなされています。そのうちの一つを取り上げましょう。

“The Genetic Structure and History of Africans and African Americans”
Sarah A. Tishkoff et al.
Science 22 May 2009: 1035-1044. [PubMed: 19407144]
Full article: http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2947357/

ここで示されている、世界全体の人類を分類した結果(リンク先のFig.3)は、遺伝子の類似性に従って人類が14のグループに分かれたうち、ヨーロッパ系、南アジア系、東アジア系、オセアニア系、アメリカ原住民系がそれぞれ1つのグループ、残りの9グループは全てアフリカ各地の人々、というものでした。白人と黒人と黄色人、という区分けがいかにヨーロッパ人視点の主観に強く影響を受けた偏ったものであったかが歴然です。

ここで取り上げた人類の分類以外にも、ニワトリを分類する、ハツカネズミを分類する、など、様々な文脈の研究論文が見つかります。これらの研究ではいずれも、使用するクラスタ作成の手法が、目的に応じて丁寧に吟味され選択されており、当然ながらMBAの教程などで扱われるレベルなどとは雲泥の差です。このように、ビジネスの場で応用すれば可能性が大きく広がる様々な知見が、研究対象は全く異なる現代科学から見出すことが出来ます。

(クラスタリングの様々な技法については、次回以降に詳しくご説明します)

 

<事例2 新薬の効果を判定する>

「2. 因果関係を見抜く技術」の代表例として、先の<ケース2>では販売促進に本当につながる売り場の構成を考えました。その際に実は重要だったのは、相関関係は必ずしも因果関係を意味しないことでした。「店員が積極的に勧めてきた」など、売り場の構成とは独立に購入行動に影響する因子、「交絡因子」を除外しなければ、因果関係を間違って認識してしまいます。

多数の現象の中から因果関係の有無や強さを検証する、といえば、圧倒的に応用研究が進められているのは疫学の分野と言って良いでしょう。疾病の原因となっている因子が何かを特定したり、開発中の薬に本当に効果があるかを検証する際には、統計学の知識が欠かせません。特に、治験結果から新薬を承認するかの判断は大きな影響を与えますから、考え違いをしていたでは済まされません。

典型的なケースを挙げましょう。ある疾病の新しい治療法が、効果の有無が定かではないまま使われているとします。その治療法の使用実態を調べるために、その疾病の患者を日本とアメリカで1000人ずつの合計2000人を抽出して、発症1年後の改善の有無を調べました。その結果は以下のようになりました。

(日米合計)

合計 改善あり 改善なし 改善率
治療法利用あり 800人 300人 500人 37.5%
治療法利用なし 1200人 300人 900人 25.0%

この結果を見ると、治療法を利用した場合のほうが明らかに改善率が高く、サンプル数も十分なので統計的に有意に改善効果がある、と見られます。では、この集計表を日本とアメリカとに分けてみると・・・

(日本)

合計 改善あり 改善なし 改善率
治療法利用あり 100人 20人 80人 20.0%
治療法利用なし 900人 180人 720人 20.0%

(アメリカ)

合計 改善あり 改善なし 改善率
治療法利用あり 700人 280人 420人 40.0%
治療法利用なし 300人 120人 180人 40.0%

日本でもアメリカでも、治療法を利用したグループと利用しなかったグループで改善率に差異はありません。合計の結果では改善効果が顕著にあるように見えて、分けた結果では改善効果が全くありません。このパラドックスの原因は、条件が異なる集団を単純に足し合わせてしまったことにあります。合計しか見ていなければ、改善効果が全くない治療法を、改善効果は顕著と判断を下してしまうところでした。

上記のケースでは、「放っておいても改善率の高いアメリカで利用率が高いから、合計すると利用者のほうが改善率が高い結果になるんだな」と、交絡の関係を直観的に把握することもできます。ですが、例えば同様の調査を10ヶ国で行った合計値を見ていたら、簡単に見抜くことは難しいでしょう。因果関係の検証で陥りやすい誤謬、それを避ける統計手法などは、疫学の研究では広く深く知見が蓄積されており、このような間違いを回避して正しい答えにたどり着くことが可能です。

ビジネスの場でも、因果関係の検証は、「このアクションをすれば売上が増える」などの検証を行い、実際に実行するアクションを選別する、最も重要な思考技術の一つです。その時に、この例で合計値を見ていた場合のように生半可な算数だけで判断してしまうと、全く効果のない施策に大金を投入することになるわけです。そんな事態を避ける技術が、様々な科学の研究分野に既に揃っています。これら科学の知見を最大限に生かすことができれば、ビジネスに変革をもたらす可能性を十分に持っているのです。

(交絡を避けて因果関係を検証する技法については、次回以降に詳しくご説明します)

 

続いて次ページでは、ビジネスの場で科学的思考技術を使おうとして失敗に陥る例を取り上げます。

>> 4. 科学の基礎、ビジネスの基礎 ~失敗事例~

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《ビジネス×サイエンス》
#01 ビジネスと科学的手法

(目次)
■ 1. 企業戦略と情報 ~ビジネスケース~
■ 2. 企業戦略を支える科学の目 ~ケース解答~
■ 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~
■ 4. 科学の基礎、ビジネスの基礎 ~失敗事例~
■ 5. 社会にもたらす価値 ~未来の展望~
■ 6. (次回以降の予定内容)
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