#01 ビジネスと科学的手法 / 5. 社会にもたらす価値 ~未来の展望~#01 Business and scientific methodologies (5/5)

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《ビジネス×サイエンス》
#01 ビジネスと科学的手法

(目次)
■ 1. 企業戦略と情報 ~ビジネスケース~
■ 2. 企業戦略を支える科学の目 ~ケース解答~
■ 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~
■ 4. 科学の基礎、ビジネスの基礎 ~失敗事例~
■ 5. 社会にもたらす価値 ~未来の展望~
■ 6. (次回以降の予定内容)
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■ 5. 社会にもたらす価値 ~未来の展望~

現代の私たちは、この半世紀の間に世界を変えた情報技術の革新により、情報を高度に活用できるかどうかが企業の優勝劣敗を決定付ける時代に生きています。その情報の活用には、数学や統計学を基盤とした科学的手法が力を発揮し、企業が生み出す価値を大きく左右しうると、ここまでいくつかの事例を取り上げながら見ていただきました。

それと同時に、ビジネスの場で科学的手法が活用される場を広げることは、企業や顧客の利益になるという以上に、背景の社会全体にも貢献しうるのではないかと考えています。

科学的手法の核心は「批判精神」だと言って差し支えないでしょう。いかなる言明も、盲目的に信じるのではなく、事実によって反証されるかどうかを検証し、その検証で否定されなかった言明のみを有効と扱うものです。(反証がそもそもできない言明は科学の対象自体から除外されると考えられます。例えば「幽霊がいる」は反証不可能なので科学の対象になりません。)

ビジネスの場に科学的手法を持ち込むことは、この「批判精神」を持ち込むことでもあるわけです。「これは常務の言ったことだから」も、データが指し示す事実を否定することはできません。社内の馴れ合いが生む不透明なポリティクスよりも客観的な情報に基づいた結論が優先されるのは、企業文化の大転換にさえなりえます。これは、一時的には摩擦を生むこともあるでしょう。それまでは権威を傘に着て自分の利害を通していた人にとっては、これほど面白くないことはありませんから。ですが、長期的に見て、企業文化としてどちらを選ぶべきかは明らかでしょう。ポリティクス如何で不条理な判断が正当化される代わりに、客観的事実に基づいた筋の通った判断が採用される、それだけで、多くの人にとって生きやすさが少しでも改善されるのではないでしょうか。

また、今や世界的に、高学歴人材の就職難が伝えられています。特に日本では、博士号取得者が職を見つけられない「オーバードクター(余剰博士)」問題は深刻なままです。自然科学の高度な教養を持った人材をみすみす捨てるような事態は国家的損失とも言えるでしょう。一方で、ビジネスの場で必要とされる「情報を扱う技術」はますます高度化する一方ですから、もし需要と供給をうまくマッチさせることが出来れば、この国が抱える貴重な人材の活用に道が開け、彼らが経済競争力の向上や社会問題の解決にその力を発揮することが期待できます。もちろん、前項で取り上げたように、科学的思考力があるだけでは基礎研究を離れてビジネスの場で即戦力となるのは困難ですから、問題は山積です。それでもなお、これはチャレンジする価値のあるテーマだと考えています。

さらに話を広げると、営利企業の場だけでなく、公共の行政や政治にこそ、「ビジネス×サイエンス」の手法と精神を持ち込む価値を見いだせるのではないかと考えています。行政が抱える主要な課題としては、「前例を踏襲する無難さを優先するため、社会の変化への対応が常に遅い」こと、「既存の制度での既得権者の発言が大きい限り、全体最適を達成する制度改変が進まない」こと、「顧客(=市民・納税者)の受益の最大化ではなく、行政組織内のポリティクスが時に優先される」こと、などの認識がおおよそ共有されていると思います。ここまで科学的思考として挙げてきた、客観的・俯瞰的な情報に基づいて顧客利益最大化のための行動を導き出す手法と精神は、これらのボトルネックを解消し、行政がその能力を最大限に発揮するのを支えるはずです。

このように、「ビジネス×サイエンス」の手法と精神は、企業の頭脳として経済競争力を強化することはもちろん、同時に、社会文化への影響を通して住みやすい世の中に変えていくポテンシャルをも持っているのではないかと思っています。科学の進歩はこの百年間の間に、テレビや冷蔵庫、電車に飛行機、医薬品などなど、私たちの生活を物質的には一変させました。それと比較しても、会社の仕組みや国の仕組みなどの「社会の仕組み」には、科学の知見を活かす余地がまだまだ大きく残っているのではないかと思います。

 

なお、本稿では、筆者のバックグラウンドが理論物理学と経営戦略という都合上、どちらかというと数理的な観点に焦点を当てる内容が多くなります。自然科学の研究分野は幅広く、ここでご紹介する内容よりもずっと洗練された思考技術がそれぞれの分野に蓄積されていることと思います。当然ながら、筆者個人ではその全容にはとても手が届きません。そのような様々な方向に磨かれてきた思考技術が、先を争って社会課題への適用を試みられ、さらにそれぞれ同士が相互に作用して新しい学問分野を創出する、そんな好循環のきっかけに本稿が少しでも寄与することを願っています。

 

■ 6. (次回以降の予定内容)

今回は、事例を多用しながら、ビジネスと科学的手法にまつわる概論をご覧いただきました。次回以降は、引き続き具体的事例も取り上げながら、数学的概念や表計算ソフトでの扱い方まで、より具体的なテーマに移っていきたいと思います。

予定している構成は以下の通りです。

<ビジネス×サイエンスの思考技術>

  • 1. 類似関係を見抜く技術
  • 2. 因果関係を見抜く技術
  • 3. 全体と部分を見抜く技術
  • 4. 過去と未来を見抜く技術
  • 5. 最適解を見抜く技術

<情報を扱う実践技術>

  • 1. 情報を「入手」する技術
  • 2. 情報を「加工」する技術
  • 3. 情報を「伝達」する技術

<数理的基礎>

  • 1. 数量情報
  • 2. 論理
  • 3. 数学
  • 4. 統計

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《ビジネス×サイエンス》
#01 ビジネスと科学的手法

(目次)
■ 1. 企業戦略と情報 ~ビジネスケース~
■ 2. 企業戦略を支える科学の目 ~ケース解答~
■ 3. ビジネスと科学の相似形 ~科学研究例~
■ 4. 科学の基礎、ビジネスの基礎 ~失敗事例~
■ 5. 社会にもたらす価値 ~未来の展望~
■ 6. (次回以降の予定内容)
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